ベトナムに行ってきました

アメリカが衰退する原因となったベトナム戦争
ベトナムは南北1700キロの瓢箪型の国。
北部は1000年間中国に占領されていた。
中部には古都フエがある。
すでに王宮はないが遺跡は残っている。
南部はメコンデルタを含む豊かな大地が広がる。
フランスの植民地となり湿地に運河を張り巡らせて
サイゴンという町を作った。
プチパリと称えられフランス風の建物が今も残っている。


南部メコンデルタ名物のエレファント・フィッシュ

稲作は三回採れる。
一回目はご飯で二回目、三回目は粉にして
麺や春巻の皮やお好み焼きで食べる。
南国のフルーツも豊富だ。

長い間フランスの植民地だったが、
第二次大戦で日本により解放され独立するが、
1945年の日本の敗戦により再びフランスが舞い戻る。
北部は独立出来たが
南部はフランスの傀儡政権となり
北ベトナム南ベトナムに分断された。
南ベトナムは独立を目指しベトコンを結成、
政府と闘い始めた。
フランスは攻撃にたえられずアメリカに援軍を頼む。
しかしベトコンのゲリラ戦にたえられずフランスは撤退。
ここからアメリカとの闘いになる。
アメリカは本部をサイゴンに置いたので
サイゴンを爆撃することはなかったが
南ベトナムの山岳地帯は沢山の枯れ葉剤やパナーム弾、
地雷兵器が使われた。
1975年サイゴンが陥落して戦争が終わり、
ホーチミンと名前が変わったが、
今も二世代、三世代に枯れ葉剤の後遺症が出ているという。
日本も放射能の後遺症はこれから出てくるのだろうか。


ベトナム料理 目と舌で味わえる芸術

サイゴンは陥落したがフランス風の建物は今も残り、
小柄で華奢なベトナム人と豊かな食べ物、
植民地から解放してくれた日本に対する親愛の情は
とても心地好い。
顔立ちも日本人に近いし
アオザイ姿の女性は優雅で心が穏やかになる。
こんな穏やかな国に長い間戦争を仕掛けたアメリカは
衰退して当たり前、
捕まえたベトコンに対する拷問の酷さを
残された写真でみると涙が溢れ胸が苦しくなる。
ベトナムに連れて行ってくれた息子に感謝!